よーい・ドン (ラバヒルです)
 


望んでこういう頃合いに生まれた訳じゃあない。
というか、
何でまたこんな日を“そういう日”にしたんだよと、
こっちとしてはそういう順番で、
毎年毎年 恨めしいなぁって腐ってた。
昔はそれほどでもなかったけれど、
芸能関係の仕事に就いた途端、
しょっぱい想いをすることとなってしまって。
人によっては
こういう仕事をしているんだから、
むしろ“なんて間のいいことだ”と喜ぶものだそうだけど。

 “…まあ、特定の相手がいないんならねぇ。”

三月半ばの 同じ日を、
二月半ばの“愛の日”へのアンサー・デイにしようだなんて、
誰が何で思いついたものなやら。
それだけならば まだ良いが、

 『え? サクラバちゃんの誕生日って…。』

凄いじゃない、まずは忘れないんじゃない?
つか、忘れない人たちでいっぱいにしちゃおうね。
堂々とイベント組んで、キャンペーン打ってサ…と。
やっぱり食いついた社長に言われるまま、
毎年毎年 何かしらのイベントを催したし、
最近じゃあ、スィーツ関係の会社からわざわざ呼ばれたりもして、
ある意味、功を奏していたワケじゃああるのだけれど。

 『確かになぁ、
  どっちかが土曜日曜に引っ掛かりでもすりゃあ、
  大手振って 人が集まる日程でイベント打てるもんなぁ。』

学生層にファンが多い身なんだから、
そうなったら言うことないだろしと、
社長と同じことを言ってた誰かさんだったのを思い出す。

 “でもさあ、大概のガッコは もう春休みなんですけれど。”

正式には終業式前であれ、
最高学年の入試の関係で、早々と自由の身となってる彼女らなんだから、
ウィークデイの方がむしろ喜ばれやしないかなぁと、
平日の開催になってしまってた年のこと、ついつい思い出してたり。
ちなみに今年はホワイトデーが日曜だったので、
お誕生日を祝う企画はそっちへ吸収されてくれた。
昔はそうやって節約が利いたと喜んでいたものが、

 『もうちょっと離れててくれれば、
  そっちはそっちで華々しいイベントを催せたかもだね。』

多少は売れて来たからこその欲目というものか、
この頃じゃあ、そんな風なお声も出なくもないから。

  ―― あれ?
     それじゃあやっぱり、
     近くてラッキーって思った方が良いのかな?

少なくとも、今年みたいに、
誕生日の方は特別な予定を割り込まされることもなく
…ってワケにはいかなかっただろうしなぁと。
ぐるっと回って来た結論へ、ああそっかなんて納得しちゃってた僕へ。

 『……おめでたい奴だよな。』

話の途中から微妙に目許を眇めてた彼は彼で、
そんなもろもろ、うざったいなら蹴っ飛ばしゃあいいのになんて、
まずは揺るがぬ自分の方針持って来て、
そんな風に感じてたんだろなと思う。
何でもかんでもへ“周囲の思惑なんて知るか”と構えていた人じゃあない。
先々への布石も大事だってことくらいは、
しっかと心得てもいたが。
誰ぞへ迎合してでなきゃあ繋いでおけぬコネは、

 “最初っから見切るような、強い人だからなぁ。”

この日のためにと、
日頃は使わぬそれを引き出しから引っ張り出しの、
わざわざメンテにも出しのした、
何とかいうブランドの腕時計。
洒落めかして…なんかじゃあなくて、
ケータイをいちいちポケットから引っ張り出す手間が面倒だからと、
それが正統なお役目であろうグッズがあったの、
思い出しての用意したのも。
ひとえに遅刻なんてしたくはなかったからで。
分刻みな仕事の割に、
様々な諸事情からどんどんとずれてっての押して押して、
気がつきゃ 上がりの時間が数時間もずれてるなんてザラなこと。
まだまだ
“お呼びがかかってるだけ有り難いと思わなきゃ”って分際だから、
勝手に“じゃあ後は明日へ回して”とも言えぬ身なので。
春休みにオンエアされる、さくら絡みの2時間ドラマ、
屋内シーンのスタジオ収録が何とか終わり、
関係各位へのご挨拶にと楽屋や たまりを廻りつつ、
胸のうちにてはカウントダウンが始まっていて。
私服に着替えて、さて いよいよのフリータイム。
出待ちのファンがいない出入り口、
渡り廊下でつながってる隣のビルからこそこそっと飛び出してから、
さあ此処からが勝負だぞと、
黄昏もとうに退いた街なかを駆け出すこととなる。

 『22時までなら待っててやる。』

明日の土曜は神奈川の方で予定があってな、
今夜中に先乗りしてぇ。
だがまあ、誕生日なんだから、
そのっくらいはサービスしてやろうじゃねぇかと、
自分の予定のほうを何とか譲ってくれたらしいので。
だったらそれへ間に合わせるのが誠意ってもの。
案の定、少しずつ予定がズレてくのをじりじりしつつも我慢して。
そうして何とか、微妙な時間帯に自由の身となれたので、
それを“スタート”の合図としての、耐久レースが始まって。

 “ホント、微妙なところだな。”

タクシーよりJRや地下鉄のほうが早いと、
都心からの離脱にはそっちへ飛び込む必要があって。
金曜の宵という雑踏の中、
すれ違う人にぶつかりそうになりながら、
時にその長身から人目を惹きつつも、

 「いやあのっ、今、望遠で撮影してるから。」

握手だ写メだというお声へは、そんな出まかせ言っての振り払い、
何とか最寄り駅までを走破する。
ホームの確認から、昇降口の位置まで、
空き時間にシュミレートして万全としはしたが、
しまった、乗客のことは念頭になかったと、
乗ってから気がついたチョー迂闊。
芸人さんに人気沸騰の昨今においては、
微妙なタイプの芸能人だったので、
ファンですサインくださいって意味でも、
生意気なんだよと威嚇されるって意味からも、
寄ってたかられるってことはなかったけれど。
確実に注目を浴びてる気配を背負いつつ、時々見やる腕時計。
いまだに新品も同じだったのは、
ずっと仕舞い込んでたからだけど、
それって、ケータイで利くからってだけが理由じゃない。
どっかで失くしちゃいけない、大事なものだからでもあって。

 『芸能人なら時間厳守は基本だろーが。』

時々遅刻しちゃってたことへ、
それでも待っててくれた寛大な誰かさんが。
良いな、俺と会うときは出来るだけこれ使いなと。
ケータイまさぐり出すより効率いい筈だからと、
何と去年の誕生日にくれたんだよねvv
ピアジェとか、ロレックスとか、
オメガ、ロンジンまでなら知ってたけれど、
これは オーデマ・ピゲってメーカーので。
スイスの名門だってのは随分と後になって知った。
さすがに若いのが持ち歩くってのを前提に選んだのか、
あまり凝ったのじゃあないとはいえ。
とんでもなく高価なものだったんで、
ビックリして返そうとしたら、

 『ば〜か、
  そんな時計ごときに負けてるような奴じゃあ、
  付き合う気なんざ起きねぇんだよ。』

 ( ……ソレッテ ドウイウ イミ デスカー? )

何とも訊き返しにくい お言いようをされちゃった曰くつき。
ただね? あのね?
視線がそっぽ向いたまんま、
こっち見てくれないまんまだったヨーイチの、
耳の先が赤かったから。
ああこれは、怒って言ってんじゃあないんだなって。
何にか照れてるんだなってのは判ったからね。
返すなんて言っちゃいけないってことと、
大事にしなきゃってことだけを忘れないでいようって、
自分に言い聞かせて…それから1年経ったわけで。

 “どうかな。ギリギリで間に合う、かな?”

デジタルじゃあないんで、
時計の側から“はいもう○○時です”って
ばっさりと切られてしまうことはないけれど。
抱えるようにして見ている手の中、
秒針がずっとずっと動いているもんだから、
なんかこう、待って待ってって縋りたくもなるのが切ない。

 “………おっ、と。”

いかんいかん、乗り換え駅に着いちゃった。
コートの袖をはらりと振って、とりあえずは時計を隠して。
列車から降りると、渡線橋目指して駆け出した。






      ◇◇◇



 「…っと、惜しかったなぁ。」
 「ええ〜〜〜〜〜っっ!」


ドアを開けてくれながらの淡々とした第一声へ。
世界最大の悲劇もかくや、
そんなぁというお顔で目を見張っていると。

  「9時49分だ。」
  「あ?」

   ……………それって?

ドアが閉まらんと引っ張り込まれた廊下に上がってから、
ハッと我に返ったアイドルさん。

 「それの…何のどこがどう惜しいのかなぁ?」
 「11分しか一緒に居られねぇのが嬉しいか、お前。」
 「すいませんでした、ごめんなさい。」

口や頭で敵うはずがないのも忘れちゃいけない。
………といいますか、

 「え?え?
  それじゃあ、22時までってのは、
  その時間になったら逢えないぞって意味?」

今から先乗りで出掛けるとか?
だったらあのあの、僕が送ろうか?
そしたら、向こうに着くまでは一緒にいられるし。

 「…じゃあなくてだな。」

すたすたと廊下を先へと進んでた背中が、
やっと止まって振り返り。
相変わらずにクールに冴えた美人さんが、
ちょっぴり……怒ったような顔になる。

 「今から ちぃと時差がある辺りのサイトへのネサフにかかるから。」

それやってる間は、会話もなしだぞ、覚悟しろ…と。
手の上で宙へと放って躍らせたのが、
スティックタイプのフラッシュメモリだったりし。


  あ、あ、なぁんだ そういうことだったのか。

  判ったらとっととコート脱いでキッチンへ行け、
  俺はコーヒーが飲みたいんだ。

  あ、は〜い。


打って変わって、
ふにゃりと微笑ってから、
言われた通りにダイニングへ向かった長身を見送って。

 “やべー、やべー。”

ちゃんとあの時計をして来てたな。
確かめたかったけど、
今日に限ってテレビ局ん中、改装中だったからな。
設置しといた隠しカメラのどれも、
足場の骨組みばっか映してやんの。
ただの電子時計だと思ってやがるかもだけど、
特殊な電波へも反応するような仕立てだってことには、
ありゃあ気づいてないかもだな。

 「〜〜〜。//////////」

胸の内にてそんなこんなを呟いてから、
微妙に細い吐息つき。
ポケットからひょいと取り出したケータイにて、
何かしらを呼び出すと、
液晶画面にはアナログ時計の文字盤が現れて。

 「……。」

それへの操作か、数字を幾つか打ち込めば、
時計の映像の中、針がぐるるんと微妙に進む。
まるで30分は遅らせてあったの、
今直したかのようにも見えたんですが…


  あれあれ、あれれぇ?
(苦笑)





  〜Fine〜  10.03.13.


  *うかーっと忘れておりましたが、
   三月十二日といや、ラバくんのBDでしたね。
   1日遅れちゃったその上、
   何だか突貫ぽいですが、
   好きなCPなんで、強引ながら書かせていただきました。

   ちなみに、ウチの母は三月十三日生まれです。
   ホワイトデーまでのカウントダウン・コンビですね。
(こらこら)



感想はこちらvv めるふぉvv

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